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外国人女性の二人遍路 [思想_哲学/宗教/遍路]

 10月。二度往復、区間遍路して第七回遍路は65番三角寺で満願になった。
 29ヶ寺弾丸移動。東京~善通寺720km1日、27番より中4日、65番満願により10月29日(土)、高野山結願。

 56番泰山寺で外国人熟年女性の遍路とすれちがった。電車・バス・徒歩なのだろう、二人はひどくすすけていた。
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「どちらのお国から来られたのですか」
「スイスです。スイス人です。60歳になりました。かねてより関心があったこの国の『遍路』なるものを体験してみたくて。相方はチューリッヒの幼なじみです」

 眼鏡の女性は流暢な日本語を使った。ニッポンに長く棲んでおられ、あるいはこの国でご商売を、あるいは相応の立場(大使館?)の人と思われた。そして彼女はドイツ語で相方に会話の一切を通訳して伝えた。

「私がお二人に感心してお声をかけたのは、アナタ方の足の指先に感動したからです。靴をサンダルに履き替えておられる。指先のあちこちにバンドエイドの素足、痛いですか。よく、よくよく歩いて来たのですね。痛々しいけれど結構なことです」

 一方的にしゃべってしまった。
「ときに遍路はあなたにとって『なに』ですか。私にとってのそれは『縁を結ぶ』ほどの意味があります。『願』をかけるものではありません。『願』はかけません。なぜならhotokeたちは人の願いを聴いてくれる『人の僕(しもべ)』ではいからです。hotokeを前に真言を唱えながら『来た』をお伝えすることは『ご縁を結びたいがためにまたここにやって来た、ということです。泰山寺にあってはご本尊さんはお地蔵さんですから『オンカカカ・ビ・マンマエイ・ソワカ』を唱えます。それだけを念じ唱えます。サンダル履き、足指の血豆にバンドエイドのお二方との出会いも『縁』というものです。お遍路さんは縁を求める旅でもあります。どうか人にhotokeに『縁』を求めて遍路してください。再々、縁を求めてください。なぜ人、『生く』かの意味もおのずと承知できます」など。このことは己の生涯の自問でもある。ご縁のある人に経験知として話し聞かせることは自身へ再々再々話し聞かせることでもある。
 本意が伝わったかどうか。彼女は「とてもありがたいお話しでした」と言って私に合掌した。合掌しないでください。縁、ということです。



↓おまけ:遍路梵鐘⇒ニッポン寺院の「鐘」の意見も伝えたかった。
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↓おまけ:路傍の能書=「曇りなき心の空」、とは.....いいです。
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おまけ:このお不動さんは年代もの。
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おまけ:高野山のある観音さん。
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おしまい。
第七回遍路2011.1030結願、合掌。
第八回遍路は次年2月より予定。

 


 


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